「えっ、プール?」
「はい。中枢の施設に、市民に開放している大きなプールがあるんですが、そのすぐ隣の一室に、竜王様と番様用のプライベートプールがあるんですよ」
暑さが増してきた頃、アルバが中枢の施設にあるというプールの事を教えてくれた。
どうやら、市民たちの為の施設とは別に、俺達が使える場所も分けて造られているみたいだ。
「市民プールは冬でも温水で使えますが、やはり夏のほうが賑わうようです。水場で涼を求める種族も多いのですが、この都から海に行くとなると、数日がかりになってしまう距離ですから」
「へぇ……アルバは行った事は……無さそうだな」
「はい、火竜は誰も近づきません」
「それじゃあ、水竜王様やウォルカさんが使ってるのかな」
「一番利用されているのは、ヴィダ様とグラノ様だと聞いています。ウォルカ様はそこまで頻繁に泳ぐ事は無いそうですし、ガイム様やエアラ様も同じような感じです。フォトー様はネコ科の獣人の方ですので、我々同様に水は苦手だそうで」
「そっか。そのプールって、俺も使っていいの?」
「はい、もちろんです。カナデ様も火竜宮が暑いようでしたら、一時的にそちらに避難して、涼んで頂くのもいいのではないかと」
たしかに、部屋に籠って暑い思いをするよりは、プールで泳いでたほうが涼しいかもしれない。
俺が施設に行ってる間は、火竜たちも気を遣わなくて済むもんな。
「今日でも行けるのかな? どんな感じか見てみたいんだけど……」
「ええ、大丈夫ですよ。今日もイグニ様の筆が進んでいないようですから、昼食後に張り付いてくる事もないでしょうし」
「そうなんだ。じゃあ、ちょっと行ってみようかな」
「分かりました。ではそのように準備しておきますね」
「……あ、でも、アルバはプールは大丈夫なのか?」
「施設まではご一緒します。プールの中までは……いえ、お望みとあらば、死ぬ気で入りますが」
「それはちょっと」
さすがにアルバに死んでほしくはないから、施設までの案内を頼む事にした。
そして、なんとなくお疲れ気味なイグニ様と昼食をとり、プールへ行く許可をもらう。
冗談なのか本気なのか、ロドが「この長、プールに突き落としていいですよ」なんて言っていたが……。
詳しい事は分からないけど、どうやら今日の仕事が進んでないのは、イグニ様に非があったらしい。
昼食を終え、トボトボと執務室に戻るイグニ様を見送った後、部屋に戻って準備をする。
プールへは図書館に行く時同様に、関係者用の通路を通っていくそうだ。
儀式や式典、お祭りでない時は一般の人達の目に留まらないようにする……騒ぎになるのもよくないが、よからぬ事を考える輩に狙われる可能性もあるからだ。
そんな理由で関係者用の通路を抜けて、たどり着いたのは長方形の大きなプールが一つ、丸い形の小ぶりなプールがある建物の中だ。
室内でありながら、天井と壁の一方がガラス張りになっているので、とても開放感がある。
休憩用の椅子やサイドテーブル、シャワールームとトイレもあるので、基本的に困る事は無さそうだ。
水竜王様やグラノさんがよく利用しているという話だったけど、今は誰も居ない。
だが、隣の市民プールは賑わっているのだろう、分厚い壁の向こうから、たくさんの楽しそうな声が聞こえてくる。
「入ってみてもいい?」
「はい、ではあちらでお召し替えを」
シャワールームの近くに、荷物を置いておく棚と着替え用のスペースがある。
服を脱いで髪をしっかりまとめ、水着に着替える……この水着は、商団が来た日の着せ替えまつりの時に、どさくさで紛れ込んでいたものだ。
ざっとシャワーを浴びてから、丸くて小さい方のプールに足を入れる……。
けっこう冷たいな。それに、小さい方とは言っても、軽く泳ぐぐらいならできそうな大きさと深さだ。
水温を体に慣らしながら、水の中で出来る手遊びをしてみたり、軽く泳いだりしてみる。
けっこう気持ちいいな……温泉も好きだけど、やっぱり暑い季節はプールに入るのもいいもんだ。
ふと、アルバの方を見たら、入口近くのベンチに座って、こちらを見ていた。
あそこなら水が飛んでくる事も無さそうだし、それに火竜的には、あれ以上こっちには近づけないんだろうな。
しばらく水に身を任せ、クラゲのようにぷかぷかぼんやりと浮かんでいたら、視界の端に黒いものが見えた。
その体制のまま天井のガラスを見ると、黒い雲がだんだんと近づいてきて、ついに雨が降りだす。
ここは室内のプールだから濡れる心配はないし、そもそも、どうせもう濡れてるんだから雨くらいは気にはならない。
だけど、アルバの方を見てみたら、空を見上げつつ顔を引きつらせていた……これは今頃、火竜宮の方も大変な事になってそうだな。
俺自身はわりと満足したけど、いま火竜宮に戻るとなると、アルバが屍になってしまいそうだ。
なので雨の中の室内プールという、なんだか不思議な感覚を満喫しつつ、雨が過ぎてしまうのをじっと待つことにした。