《イグニ視点》
日に日に気温が上がり、ついに我々火竜の待ち望んでいた夏がやってきた。
俺はもちろんだが、部下たちも暑い季節になると自然とテンションが上がり、限りある季節の熱気を、これでもかと楽しむのだ。
そんな毎年の恒例に、宮で働く火竜たちが浮足立つ中、待ったをかけたのはアルバとフラムだった。
「今年からは例年のように、熱気を纏って過ごすのは控えてください」
「何故だ」
「毎年夏に、宮の温度がどのくらい上がるのか、分かってます?」
アルバは俺やロドを始め、宮仕えの兵や給仕、シェフや庭師など、この場に集められた火竜達に問う。
「だいたい五十度くらいだろ?」
「なんだ、そんなもんなのか?」
「じゃあ、今年は百度を目指すか!」
その問いに答えるかのように、一部から声が上がる。
我々の大多数がテンションを上げて熱気を纏っていても、たいした温度にはなっていないようだ。
だが、アルバは完全に呆れ顔で、俺達にとんでもない事を言い出す。
「今年から、夏場でも四十度以下にしてください」
「さむっ! 冷夏じゃん!?」
「いやもうそれ、冬だろ」
「寒すぎて風邪ひいちまうよ」
部下たちのあちらこちらから不満の声が上がったが、次に出たフラムの一言は、さらにとんでもないものだった。
「おぬしら、カナデ様を焼き殺す気か? 人族にとっては四十度近くなったら、命の危険となる暑さなのじゃぞ」
フラムの一言で、その場にいる全員が絶句した。
人族は火竜に比べて暑さに弱いという事は知っていたが、まさかそこまで低い温度でなければいけないとは。
しかし、逆に低すぎてもいけないはずだ……冬になると、毎年のように水竜宮の者たちが苦労していたからな。
「俺やフラムさん、ロドはもちろんですが……一番気をつけないといけないのは、イグニ様ですよ。ただでさえ火竜の長で火力もダントツなんですから。今までのようにカナデ様に纏わりついていたら、カナデ様が熱中症になって倒れてしまいます」
「春のうちは、まだ気温が低かった事もあって大事には至っておりませんが…夏になったからと言って、毎年のように気分を上げられてしまったら、カナデ様が大火傷をしてしまわれますぞ」
これは部下たちにというよりは、俺に釘を刺しに来たのではないだろうか。
確かに、カナデが暑さにやられて倒れてしまったり、火傷をしてしまったら、大問題だ。
しかし、我々の季節とも言える夏が来て、今まで何百年も熱を纏った状態で過ごしてきたのに、今年からやめろと言われて出来るものなのだろうか。
俺は他ならぬカナデの為ならと、耐える自信はある……だが、部下たちは分からない。
そのつもりがなくても、うっかりカナデの傍で温度を上げてしまうという事故が、どこかで起こる可能性もあるのだ。
「……まあ、イグニ様が我慢してくだされば、大惨事の可能性は低くなりますが」
「我慢だと? それはどういう……いやまて、まさか」
「そのまさかです。カナデ様の為に、ヴィダ様の鱗を頂いてきてくだされ。それをカナデ様にお渡しし身につけて頂けば、火竜の熱気にやられる事は少ないでしょう」
アルバとフラムの言うとおり、水竜王であるヴィダの鱗をカナデに渡しておけば、鱗に宿っているヴィダの魔力が、火や熱からカナデを守ってくれる。
だが竜人にとっては、自分の番に他の竜人の鱗を持たせるなど、決して面白い話ではない。
相手の身を守るためだと分かっていても、他人の鱗で最愛の番が守られていると思うと、情けないやら不甲斐ないやら妬ましいやらの、複雑な気持ちになるのだ。
しかし、カナデの事を思うならば、そんなプライドなど捨てるべきだろう。
部下たちの番のように、火竜以外の竜人や種族も集まっている都で暮らしているのなら、そこまでの心配はしなくてもいい。
だが、これだけの数の火竜が集まり、夏は必ず熱気に包まれる灼熱の火竜宮は、その暑さゆえに数時間ほど一時的に出入りする商人たちでさえも激減してしまう。
だから、火竜宮の夏場の物資の調達は水竜たちに頼んでおり、逆に冬場はこちらが代わりを務めているわけのだが……。
そんな状況の場所に、カナデはこれからずっと暮らしていくのだ。
それでもヴィダの鱗さえ所有していれば、万が一カナデの近くで温度が上がりすぎたり発火する事態が起こっても、あの子が焼かれ死んでしまうという悲劇は起こらない。
「それでも念のために、カナデ様のお部屋や庭園、食堂などの近くでは温度を下げるように」
改めて釘をさすようなフラムの一言に、部下たちは顔を見合わせていた。
だが、人族の番がいる者達は、なんとなくだが納得してるようだ。
彼らは自分の番に、夏になると暑苦しいと言われる、ハグなどの密着を拒否される、と話していた事があったからな。
善は急げとも言うし、アルバ達の話が終わってすぐ、俺はヴィダの所へと向かった。