昼食を終え、俺は珍しく図書館で借りた本を自室で読んでいる。
 いつもの昼食後は、イグニ様とお茶をしながらいろんな話をするのだけど……。
 今日は仕事が進んでいないからと、イグニ様はロドによって執務室に連行されていったのだ。

「そんなにたくさん仕事があったのかな」
「いえ、普段と同じくらいの量でしたよ。イグニ様は時々、急にやる気が無くなる事がありますから、今回もそれではないかと」
「そっか」

 昔からイグニ様の傍に仕えていたアルバが言うのなら、きっとそういう事なのだろう。
 俺としても、読書がはかどりはするけれど……。

「カナデ様?」
「あ、ごめん……なんていうか、ちょっと寂しくて」
「イグニ様が張り付いてくる日常に、慣れてしまいましたか?」
「あはは、そうかも。こうしている時間も悪くないんだけど、なんとなく物足りないって感じがする」
「その事をイグニ様にお伝えしたら、ものすごい勢いでこちらに来そうですね」
「なんか想像できる」

 きっと以前に嵐になった時や体調を崩した時のような勢いで、俺の所に突撃するんだろうな。
 いつか俺の部屋のドアが、見事に壊れる日がくるかもしれない。

「そうだ、カナデ様。一ヶ月後に竜王様方の休暇が一週間ほどあるのですが、どう過ごされますか?」
「休暇? って、それは俺じゃなく、イグニ様が決めることじゃないのか?」
「どこの竜王様も番様と一緒なら、何でもいいって感じですから。どなたも番様に合わせて行きたい場所に行ったり、やりたい事をなさってますよ」
「そうなのか? ……でも一応、イグニ様に聞いてから考えるよ」
「分かりました」

 イグニ様の為の休暇なのに、俺に合わせるってのもなんか変な話だよな。
 普段から俺の事を優先してくれるけど、本当は嫌だったり苦手な事もあるんじゃないだろうか。
 そこまでじゃなくても、自分のやりたい事を後回しにしてるかもしれないし……。
 そんなあれやこれやを悶々と考えていたら、いつの間にか夕食の時間になってしまった。

 夕焼けの色が残る空が見える食堂に、今日の夕食が運ばれてくる。
 メニューはイグニ様の好物の赤ワインソースのステーキをはじめ、野菜のテリーヌにチーズのカナッペ、魚介のスープ……どれも美味しそうだが、料理の向こうのイグニ様は若干元気がない。

「イグニ様、お疲れですか?」
「あ、ああ、いや。大丈夫だ、気にしないでくれ」

 そうは言いつつも、やはり元気がないようだ。
 その証拠に、いつもは数秒で無くなる大きなステーキを、今日は数分がかりで食べているのだから。

「あの、さっきアルバから、一か月後にイグニ様の休暇があると聞いたんですが」
「……ああ、そういえばそうだったな。カナデ、行きたいところがあるのか? まだ一ヶ月あるし、今のうちに手配しておけば間に合うだろう」
「あ、えーと、そうじゃなくて……イグニ様が行きたい所とか、やりたい事はありますか?」
「……俺が?」
「はい。イグニ様の休暇なんですから」
「……」

 そう言うと、イグニ様は何故か黙ってしまった。
 困っているとか怒っているというよりは、なんだか考えこんでいる様子だ。

「……少し、考えさせてくれ」
「え? はい」

 なんでイグニ様がそう言ったのかよく分からなかったが、夕食の後にアルバが、今までのイグニ様の休暇の過ごし方を教えてくれた。
 イグニ様が休暇中にどこかへ出かける事はほとんどなく、宮で一人ゴロゴロとしていただけだったそうだ。
 それで休まっているならいいんだけど、特にそういうわけでもなく、ただ時間を潰している状態なんだとか。
 時々別荘などに顔を出す事もあったが、だいたい空しい気持ちで帰ってくるという……。

 それは、他の竜王様はそれぞれの番様と一緒だから邪魔するわけにもいかず、イグニ様自身が部下に無理強いをして盛り上がる、という行為を嫌うタイプでもある為、結果的に寂しい休暇を過ごす事になっていたというわけだ。
 だからイグニ様は長い休暇を利用して休んだり、楽しんだりするという頭が無かったのかもしれない。

 イグニ様に、一緒にどこかへ行きたいとか、何かがしたいと誘われたらもちろん付き合うけれど、できれば俺の為というよりは、イグニ様の好きな事ややりたい事をしてほしい。
 そんな思いのままで日々が過ぎていき、イグニ様から再び休暇の話を聞いたのは、一週間後の事だった。