しっかり休んで、すっかり元気になった翌日。
結局、昨日はアルバとロド、警備の火竜三人の五人がかりで、イグニ様を執務室に引きずっていった。
俺の傍にはフラムさんが残ってくれて、彼の適切な治療と薬、それに十分休めたおかげもあって、今日は体が軽いし気分もいい。
そして朝食の為に食堂へ向かうと、分かりやすくニッコニコなイグニ様の姿が。
「カナデ、もう大丈夫なのか? 無理はしていないか?」
「はい、もう平気です。昨日はすみませんでした」
「君が謝る事はない。むしろ、俺がパーティーで無理をさせてしまったんだ。すまない、もっとちゃんと気遣っていれば……」
「そんな……俺一人だったら、途中でダメになったと思います。イグニ様が隣に居てくれたから、このくらいで済んだんですよ」
「カナデ……」
イグニ様は困った半分嬉しそう半分な顔になって、俺をじっと見つめていた。
アルバから聞いたが、俺が初めてこの火竜宮に来た……と言うか、連行された時の事を、イグニ様はまだ引きずっているのだという。
だから今回、俺の具合が悪くなったと聞いて、あの時の事を思い出してしまったんだろう。
そんな風に心配させてしまうのは心苦しいし、やっぱり少しでも体力を戻さなきゃな。
そうしているうちに、朝食が運ばれてくる。
席に着き、出来立てふわふわのオムレツを堪能していると、愛しむような視線のイグニ様に話しかけられた。
「カナデ、五日後に商団が来るが、欲しいものはあるか?」
「商団、ですか?」
「ああ、普段は必要なものを取り寄せているが、三か月に一度、ロンザバルエに店を構える者たちが、自慢の品を持って中枢に集まるんだ。品評会に近い屋台広場とでも言うべきか」
「楽しそうですね」
屋台を見て回るのは、けっこう好きだ。
旅をしていた時はあまり買えなかったけど、変わった食べ物とか、面白い民芸品とかも売ってるんだよな。
「あ、その中に、種や苗を売ってるお店ってありますか? 菜園がもうすぐ完成するそうなので」
「そうだな……花屋もいたはずだから、当日に用意するよう手紙を出しておこう」
「ありがとうございます」
いよいよ菜園をいじれるかと思うと、嬉しくなってきた。
俺がふにゃふにゃになったり寝込んでいる間に、工事はほとんど終わって、残りは細かい調整だけだと聞いている。
それなら商団の日に種や苗を買っても、すぐに植えれるはずだ。
「それから、君宛てに手紙が届いていたが……差出人のグライ・カルナーという者は、友人だろうか?」
「え? 初めて聞く名前です」
「なに? ……怪しいな、こちらで開けていいか?」
「はい……」
旅先で世話になった人の名前は、だいたいは覚えてるけど……その人の名前は、全く覚えがない。
それに、俺に手紙を出してくるほどの仲の相手なんて、師匠くらいしかいないし、もちろん名前は全然違う。
この場に居る全員が訝しむ前で、ロドが封を切り、手紙の内容を確認する。
「……これは、また何というか。ずいぶん律儀ですね」
「どういう意味だ」
「カナデ様が泊まられていた宿の、ご主人からの御礼状のようです。イグニ様の金銭感覚麻痺の宿代のおかげで、奥様の病気の治療が難なく進み、子どもたちも無事に進学できたそうで」
「そうか」
なんだ、あの安宿のオーナーのおっちゃんの名前だったのか。
それなら安心だ。よかった、呪いの手紙とか決闘状みたいな変なのじゃなくて。
「その手紙、もらってもいいですか?」
「ああ、もちろん。もともと君に宛てられたものだ」
イグニ様の言葉が終わると、ロドが手紙をアルバに渡す。
そういえば手紙をもらう、というのは初めてだな……食事が終わったら、ゆっくり読んでみよう。